【名作探訪】 「播州皿屋敷」 姫路城(兵庫県) [舞台と伝統芸]

 JR姫路駅に降り立つ。駅前の大手前通りから北方を望み、思わず首をかしげた。

 世界遺産で街のメルクマール(目印)となっている国宝・姫路城が、白いシートに覆われて見えない。近づくにつれ、シートの表面に原寸大の天守閣の巨大壁画が浮かび上がってきた。

 城は6年間の修復工事「平成の大修理」の真っ最中だった。高さ46メートルの天守閣を覆う工事用建屋には見学スペースが設けられ、漆喰(しっくい)壁などの修復を公開している。

 歌舞伎「播州皿屋敷」に登場する「お菊井戸」は、天守閣への登り道「二の丸」にある。石柱で囲まれた直径2・5メートルほどの古井戸だ。小石を投げ入れると「カーン」と乾いた音が響く。どうやら空井戸らしい。

「1枚、2枚……」。井戸から聞こえる女の声でおなじみの怪談を生んだ「皿屋敷伝説」は各地に残る。中でも有名なのは姫路城が舞台の「播州皿屋敷」と江戸・番町の「番町皿屋敷」。

 歌舞伎では、大正期に劇作家、岡本綺堂が伝説を悲恋物語に仕立て直した「番町皿屋敷」の人気が勝り、上演回数は戦後40回を超える。人形浄瑠璃初演から270年を迎える「播州皿屋敷」は今月、大阪・道頓堀の大阪松竹座で、関西では戦後初めて上演され、歌舞伎俳優の片岡孝(たか)太郎(たろう)さん(43)が初役のお菊に挑戦している。

 物語の背景はお家騒動。お家乗っ取りをたくらむ家老・浅山鉄山は敵方・三平の婚約者・お菊に言い寄って拒まれたのを恨み、藩主から預かった重宝の10枚組みの皿の1枚を隠し、お菊に罪を着せる。縄で縛り上げて責めさいなみ、井戸に落として惨殺。幽霊となったお菊は復讐(ふくしゅう)を遂げる。

 5月、姫路城を訪れた孝太郎さんは、お菊が地元では「お菊様」とあがめられていると知り、役の解釈を変えた。「か弱いだけでなく、命を代償にしてお家や貞操を守る芯の強い女性のイメージが湧いてきました」

 「将来は、鉄山の謀略を未然に防ぐお菊の活躍ぶりを描いた前半を復活させ、通し上演を試みたい」と意欲を燃やしている。


 日が傾いた。城の南西1キロ、ビル街の一角の「十二所神社」に立ち寄った。かつてはここまで城内で、境内にお菊をまつった「お菊神社」がある。皿と水の守護神で水商売の女性や陶芸家の参拝が絶えない。「一念を貫き通す女性に御利益があります」と宮司の菅原信明さん(73)が語る。

 神社では戦前、アゲハチョウの仲間ジャコウアゲハの幼虫が土産用に売られていた。別名「お菊虫」。お菊の死後、城下町で大発生したと伝わる。さなぎが後ろ手に縛られた姿を連想させるとも。無残な死を遂げたお菊をせめて美しいチョウとして羽ばたかせたい――。播州の人々のそんな優しさが感じられる。

 藤棚の陰で涼をとる。都市化の影響か最近はジャコウアゲハも見かけないらしい。蝉(せみ)時雨に耳を傾けながら、漆黒のチョウが乱舞する妖しくも悲しげな光景を思い描いた。

 大阪文化・生活部 坂成美保
 

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